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沿革

狂犬病臨床研究会の設立への経緯

 

2002年3月,私は数人の仲間とタイ赤十字研究所を訪れた.狂犬病の動物をこの眼で見たいと考えたからである.待つこと約1週間,発症後4日目の麻痺型狂犬病のイヌと遭遇することができた.後躯の不全麻痺と開口,汚れて麻痺した舌,絶えず体位を変える不穏な行動,それらの症状が時間の経過とともに強くなり,3日目に死亡した.私は重い三脚にビデオカメラを据付て夢中で撮影した.発症から死亡までを追った貴重な映像資料となったが,教科書に書かれている症状と眼前にした現実の症状には隔たりがあり,一例を見たことでの自信とは逆に,将来日本の臨床の場で狂犬病を疑うことができるかどうか大変不安になったのである.

このことが,症例の映像を集積して狂犬病臨床診断のための教材を作りたいと思うきっかけとなった.

以降,2004年,2005年,2006年に同研究所を訪問したが,狂犬病の動物に遭遇することができなかった.タイ国は関係者の努力により,狂犬病が減少していたのである.

私たちは2005年からタイ赤十字研究所側で映像資料を作成してもらえるよう交渉を進めてきた.同時に国内でこうした事業の受け皿となってくれる組織を捜したが,うまくいかなかった.

こうした経緯を踏まえ,2006年のタイ訪問のあと自分たちで組織を結成して行動を起こすことを決意したのである.月に1回ほどのミーティングを重ねながら設立に向けて準備を進め,2006年8月には規約や,事業の概要が決まり,10月には役員や顧問もある程度内定した.懸案の事務局は長年別の勉強会でもお世話になっている(株)エトレの上村さんが快く引き受けてくれた.こうして12月3日に設立総会を迎えることができた.

追記

設立総会を12月に予定した矢先,フィリピンからの輸入事例が2例発生した.体中に電気が走り,立っていられないほど衝撃を受けた.「間に合わなかった.」そう思った.私たちがもっと早く立ち上がって啓発をしていたら,あるいはそのお二方はPEPにより命を落とさずに済んだかもしれなかったのだ.

私たちはこのことを決して忘れない.二度と狂犬病の犠牲者が出ないよう,また国内に狂犬病が再流行しないよう,微力ではあるが尽力したいと思う.